―霜月(11月)のことば―

()けば()り (はら)えばまたも ちり(つも)る 

         (ひと)のこころも (にわ)()()も』

 

 今年は台風の影響で、特にモミジ、サクラ、モクレンなどの落葉樹の葉っぱが大きなダメージを受けました。しかも6月と9月の二度に及ぶ塩害は、そのつど葉が枯れては芽吹きの繰り返しで可哀そうな境内の木々たちでした。やっとの思いで若葉を茂らせたのに、やがて訪れる木枯らしに、またしても落葉せねばならないのは、自然とは言え気の毒にさえ思ってしまいます。

今月の言葉は散り積もる落ち葉のさまや、いつの間にか溜まってしまうホコリの様子を私たちの欲望や煩悩に例えたものでしょうが、事実、掃いても掃いても葉は散るし、取っても取っても草は生えます。自然には敵わないなとつくづく思います。欲望や煩悩も生きている間は払っても払っても、あるいは満たしても満たしても湧き起ってくるものです。それでも、それは承知の上で何とか何とか…と払い続けるのです。掃き尽くそうと努力を重ねていくのです。禅寺の生活は一に掃除、二に掃除…です。初参の頃は草や落ち葉と戦っていたかも知れません。しかし、やがて自然のいとなみに対して無心にほうきを動かしている自分に気付くことがあります。いや、「対して」ではなく「ただ」でしょうか。中には散り敷いた落ち葉こそが自然の美であるとか、生い茂る草の生命力の見事さと讃嘆する人もいるでしょう。しかし私たちは髪の毛が伸びたら「ただ」剃る、爪が伸びたら「ただ」切る…ように、無条件に「作務」しているのです。台風の被害(?)で葉が落ちたら、いつものように「ただ」芽吹くだけの彼らのいとなみに似ているような気もします。ですから、気の毒も、ご苦労さまも要らないのかも知れません。

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『あたりまえ体操・・・』

 実は…私は「お笑い」が好きです。落語も漫才も能や狂言も、そして近ごろのお笑い芸人さんも好きです。一発屋も連発屋も、どなたも本当に頑張っていらっしゃるなと感心してしまいます。和み芸人のCOWCOWさんのあたりまえ体操もイイですね。

 

あたりまえ〜 あたりまえ〜 あたりまえ体操
右足出して 左足出すと・・・・・・歩ける!!   あたりまえ体操

 

景気の低迷や、将来に希望が持てなくなってしまった時代になると、人々は「お笑い」に救われるのかもしれません。

 

 それはさておき…以前この紙面で、「ありがとう」の反対は「あたりまえ」と書いたことがありました。ただ、ありがとうは良い言葉で、あたりまえは悪い言葉と言いたかったわけではなく、感謝の心がそこにあるかないかを問いたかったのです。

 

悪性腫瘍のため右足を切断し、32歳の若さで亡くなられた「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」の手記を遺された医師、井村和清さんの「あたりまえ」という詩があります。

 


あたりまえ 

 こんなすばらしいことを  みんなはなぜよろこばないのでしょう
あたりまえであることを   

お父さんがいる お母さんがいる
手が二本あって 足が二本ある  行きたいところへ自分で歩いてゆける
手をのばせばなんでもとれる  音がきこえて声がでる

こんなしあわせはあるでしょうか   しかしだれもそれをよろこばない
あたりまえだと笑ってすます
食事がたべられる 夜になるとちゃんと眠れ  そして又朝が来る
空気をむねいっぱいにすえる 

笑える 泣ける 叫ぶこともできる 走りまわれる
みんなあたりまえのこと
こんなすばらしいことを みんなは決してよろこばない
そのありがたさを知っているのは それを失くした人たちだけ
なぜでしょう  あたりまえ

 

 

「右足出して 左足出すと・・・・・・歩ける!!」 そのことが、実はとてつもなく素晴らしいことだったのです。あたりまえのことがあたりまえにできている、それはほんとうは奇跡なのかも知れません。

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