長月(ながつき)(9月)のことば―

秋風(あきかぜ)の ()くに(まか)る 尾花(おばな)かな』

 

近ごろ世の中を見渡してみましても、心が和んだり嬉しくなったりする出来事より、ため息が出たり悲しくなったりすることがあまりにも多すぎるように思うのは、私だけではないでしょう。政治の問題、経済の問題、国際問題、原発の問題、教育の問題、心の問題…などなど問題だらけです。そのたびに私たちの心は不安を抱いたり、腹が立ったり…、たまに感動的な記事などに出くわすとホッとしたり…。世の中のみならず自分自身の上にも、ちょうど風のように様々な試練や苦難、歓びが巡ってくるのも私だけではないでしょう。そのたびに喜怒哀楽のさざ波が立ってしまいます。

禅の言葉に「八風吹けども動ぜず」というのがあります。八風とは利(り)、衰(すい)、毀(き)、誉(よ)、称(しょう)、譏(き)、苦(く)、楽(らく)の八つの風です。利は意にかなう事、衰は意に反すること、毀は陰でそしること、誉は陰でほめること、称は面前でほめること、譏は面前でそしること、苦は心身を悩ますこと、楽は心身を喜ばせることの意味があります。つまり、私たちの心の動揺の元となることです。いろいろな風が起こっても動揺しない強靭な精神を鍛え上げろ!と理解しがちですが、強靭な精神は意外に脆(もろ)いものです。頑張り過ぎたり無理をし過ぎれば壊れてしまうかもしれません。壊れてしまうのは残念です。ですからそれらの風にいちいち振り回されるな、いや、振り回されても壊れない柔軟なこころがいいですね。「水は方円の器に従う」とも言います。水は四角な器にも丸い器にも自在に収まれるもので、硬い氷ではそんなわけにはいきませんね。

正光寺のホームページもごらんください。 http://shokoji.net

『宇宙は有限ですか、無限ですか?』

 

先月号ではお釈迦さまのお弟子さんで理論家のマールンクヤープトラが「死後の世界はありますか?」「宇宙は有限ですか、無限ですか?」などをお釈迦さまに質問をしたお話を書きましたが、理屈屋の彼に対してお釈迦さまのお答えは「遠い先のことにとらわれることなく、いまここにこそ専心しなさい。」でした。つまりお釈迦さまは死後の世界があるかないかにこだわる彼の心の迷いや心の苦しみを解放してあげたのです。さて、宇宙は有限か無限かの問いに対しても、恐らく彼の執着を取り払うための答えとしては先の答えで充分なわけですが…、

 

先日、金子みすゞさんの詩の中に、マールンクヤープトラにも見せてあげたくなるような感動的な詩をみつけました。ご紹介します。

 

 

『はちと神さま』 ―金子みすゞ―

 

はちは  お花のなかに

お花は  お庭のなかに

お庭は  土べいのなかに

土べいは  町のなかに

町は  日本のなかに

日本は  世界のなかに

世界は  神さまのなかに

そうして  そうして  神さまは

小ちゃな はちのなかに

 

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